コスモポリタン


コスモポリタン

「必然の美」は「都会」そのもの

「似合っている」と言われることは少ないが、実は「コスモポリタン」が好きである。
ほど良い強さ、ほど良い甘み、ほど良い酸味。
そして赤過ぎずピンク過ぎない、宝石のような美しい「色」。
「ずっと見てて飽きないなあ」
「温かくなっちゃいますよ」
マスターが非常に常識的な心配をしてくれる。
「お久しぶりです」
たまに会う常連の20代のサラリーマンである。
若いのにウイスキーが好きで、休みが取れるとフラッと日本各地の蒸留所を見学しに行ったりしているらしい。
「今日はコスモポリタンですか」
「よくわかったね」
「私も、これ好きなんですよ」
そういうと、彼もコスモポリタンをオーダーした。
「国際人」と訳せる名前とイメージのせいか、このカクテルは様々なドラマや映画の「都会を象徴する」アイテムとして登場してきた。
そう言えば、ある医学者は都会化=脳化と表現した。
例えば、都会の風景はすべて人間が自らの脳でつくり出した「必然」の産物である。
対して、自然の風景は人間の脳の範疇が及ばない「偶然」の産物として存在している。
「酒もそうですよね」
マスターが言う。
カクテルは材料の分量を計り、つくる人によって多少の違いはあれど、それにも大抵必然的な理由がある。
それに比べウイスキーは、大昔に比べれば偶然の入る余地は減ったが、自然の力が大きな影響力を持つ。
「それでは次は偶然が生み出した『美』を」
飲み終えた我々は、ウイスキーをオーダーするのであった。